< 第 8 章 >
健康即幸福
   
 

  「あ、おとうさん!」  立禅で呼吸を整えていた教室の静寂を破って、私は思わず声を漏らしてしまいました。久しぶりにIさんの姿を見つけたからです。その声につられて振り向いた仲間の暖かいまなざしに囲まれて、Iさんも穏やかに微笑んでいました。
  1年と少し前、新宿の教室での出来事です。この教室を受け持って3年ほどになりますが、それ以前から継続している方もたくさんいらっしゃり、Iさんもそのお一人でした。Iさんはこの教室の最高齢者であり、また、ご夫婦と別にお住まいの娘さんが教室で合流し、いつも三人揃って仲良く稽古されていたので強く印象に残っていました。 そのIさんがしばらく見えないので、一体どうしたのかと心配していたところだったのです。その時の話では、少し前に体調を崩して入院し、今もまだ入院中だが外出許可をとって病院から教室に参加したと聞き、びっくりした覚えがあります。

 Iさんは今年(※2007年)86歳になられるそうですが、すっかりお元気になり、再び毎週三人で稽古に励んでいらっしゃいます。そこで、改めてその時のお話をうかがってみました。 Iさんが太極拳を始めたのは70歳を過ぎてからです。カメラが趣味で、長年テーマとしている丹頂鶴の写真を撮るため、毎年冬の釧路湿原に出かけているそうです。そういえば、師家が亡くなる少し前に、すばらしい作品をお見舞いにいただいたことがありました。撮影では車を運転したり、雪深い湿原に踏み入る必要があるため健康維持が大切と、奥様といっしょに太極拳を始めたそうです。鶴
  それから8年ほどして、たまたま体調を崩した娘さんも誘い、以来毎週土曜日にお互いの無事を確認しながら、親子三人で楽しく稽古を続けてきました。 ところが、一昨年11月に胸膜炎と診断されてそのまま入院となり、一時は食事もとれず点滴だけという重篤な状態になったそうです。その後1か月ほどして、転院や治療の甲斐があって大分体力が戻ってきた頃、どうしても太極拳教室に出たいと主治医に相談したところ、週末の外出を許可されました。病院から教室までバスと電車を乗り継ぎ1時間以上かかったそうですが、久しぶりに仲間との再会を果たしたIさんの喜びは格別であったと思います。
  教室に戻ってからは体力も気力も目覚しく回復し、ほどなくして外出許可から外泊許可に変わり、昨年の3月、4か月ぶりに退院することができました。 その翌月、Iさんは15年目にして初伝の審査を受けられました。「退院後間もなくで、審査のとき少し足元がふらついてしまいました」と苦笑いで振り返るIさんですが、そのお顔はとても輝いて見えました。
  また、今年の2月には丹頂鶴撮影のための釧路行も復活されたそうです。健康であることの喜びをつくづく噛み締めているご様子で、「動けなくなれば別だが、動けるうちは太極拳を続けたい」とお話を締めくくられました。

 日本健康太極拳協会は、「健康・友好・平和」のスローガンの一番目に健康を掲げています。師家も折にふれて「健康即幸福」という言葉を用い、健康でなければ幸せになれない、幸せは健康の基盤の上にあると言い続けてきました。私たちの太極拳が最終的に目ざすところは、心身の調和、つまり心と体の健康です。それは自分自身のために健康と幸福を求めることであり、同時に仲間の健康と幸福を願うことです。 師家が太極拳を通じて目ざしたことが、今回ご紹介したIさんのように確かに根づいているのを見るにつけ、改めて師家の残してくれたものを大切に伝えていかなければならないと思う今日この頃です。
謝謝、再見。

 

 

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