< 第 3 章 >
楊名時師家の思い出   (第4回東京都支部大会での挨拶より )
   
 

 ニーハオ。おはようございます。ご紹介いただきました、楊慧です。  

 今日は、第4回東京都支部の大会がこのように大勢のお仲間といっしょに開かれることを、心から喜んでおります。支部や地域の師範の先生方、特に今回は北地域の皆様には、ご準備に大変お力をいただきました。ありがとうございます。

 期せずして今年のこの会が、父・楊名時師家の追悼の会となってしまいまして、支部長から、何か楊名時先生の思い出話でもしゃべってくれませんかとい うふうに頼まれました。私にとって、もちろん太極拳の師家でもありますが、 今日は父という表現でお話させていただこうと思います。

 父はほんとうに優しい人でした。父と出会った方は、折に触れてその優しさにきっと触れられていらっしゃると思います。それぞれの思い出がたくさんあると思います。太極拳の皆様にもそうですが、私たちの家の中でも、とても優 しい父でした。

 例えば、家族で食事をする楽しい時間、食事の準備に台所に立つ私を見なが ら、父はテーブルの決まった席に座りまして、ビールを飲みながらいろいろな話をしてくれました。太極拳の話や地方で出会った方のお話、また、私たち家族について、小さなことに至るまでいろいろと話すわけですけれども、今思い出しますと、父はいつでも人の、良いところだけを一生懸命さがして、良いところだけを話してくれました。師家の思い出誰でもちょっとした失敗をしたり、なにか気が合わないとか、そういうこともありますのに、それでもいつも良いところを一生懸命さがしてくれて、私の娘たちのことにしても、それぞれあなたにはこういういいところがあるからこういうところを伸ばすといいね、とか、○○ちゃんはこんなところがすごくいいね、とか、良いところを一生懸命みつけてくれる。そんな優しい人だったな、というふうに、今しみじみと思い出しています。

 でも、優しいからといって何でも聞いてくれるかというと、それはまた別で、 父は優しいけれども、自分が決めたことはけっして曲げない、というような非常に頑固、というか、ひとつのこだわりを持っていました。みなさん覚えてら っしゃると思いますけれども、師家はとてもおしゃれな人でした。着るものにもすごくこだわりを持っていて、シャツ、スラックスは銀座の和光、ジャケッ トは東中野のテーラーホシノの星野さんがつくったものでなければだめでした。 お医者さまは、何かできものがちょっとできても、お腹を切るようなことでも、 とにかく帯津先生でなければいや。歯医者さんは、どんなに遠くても石田先生 (茨城県支部長)でなければだめ。食べるものも気に入ったものがあると、昼 も夜もそれ。

 去年箱根の研修会から戻りまして、一週間ほど検査入院することになったのですが、入院する前日、銀座にいっしょに行こうと父に誘われました。父は私と銀座に行きますと、いつも三笠会館にあるフレンチレストランに行って、よ く話が聞こえるように向かいあわずに横に並んで、いつも同じ席に座りました。 そして帰りには和光、テーラーホシノそれぞれで服をオーダーしました。父と しては6月の総会で着るための服を準備していたのですね。でも、3日か4日で帰る予定だったその検査入院が、そのまま入院となってしまい、総会にも出 ることができませんでした。結局そのシャツや服も着ないまま、終わってしま ったんですね。あの日が私と父の最後のデートになりました。

 また、父は大の飛行機嫌いでもありました。もう乗らないと決めてからは数十年間、中国へも帰らない。それどころか日本国内、多くの地方支部を回るのに、何時間かかろうが長時間座って移動することがどれほど腰に悪かろうが、 電車でなければ行かない。これにはとても気をもみましたが、一度自分がこう と決めたら、ひたすらに貫き通す。  

 でも今思いますと、そのような、自分の信念に頑なで、忠実に自分の思ったことを貫くという姿勢があったからこそ、楊名時の太極拳が、ある時期はやはり太極拳は武術だろうとか、競技だろう、中国のものだなどと、いろいろなこ とを言われた時期もあったと思いますけれども、父は何にも動じず、自分は楊名時の太極拳をやっていく。絶対に競ったり、比べたりしない。戦わなくていい、みんなで仲良くやる。それが自分の太極拳だ。  

 父が自分の思った太極拳の道をひたすらにまっすぐ歩いてきたので、結果今こうして、ほんとうに世代を超えて大勢の方に愛好されているのだと思います。 楽しく太極拳を行うということが心や体にとって、とても大事なことなんだということを、父は伝えてくれたんだな、というふうに感じています。  

 そろそろ、そんな父の一周忌を迎えます。来月は私たち家族や、また太極拳のお仲間の方たちといっしょに、飛行機に乗って、中国山西省太原に帰ることになりました。あんなに飛行機嫌いだった父ですけれども、きっと数十年ぶりに帰るこの旅を、どこか遠く、高い空の上から苦笑いしながら、いっしょに飛行機に乗ることを許してくれるんじゃないかなと思っています。  

 そんな思い出話です。ありがとうございました。


 

 

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