< 第 13 章 >
太極の道  師家が志した「道」
   
 

昨年(※2007年)11月、長崎県支部大会に参加しました。2年ぶり二度目のことです。初めての訪問の際にもたくさんの方が参加され、初伝から奥伝までの審査会ですばらしい演舞を見せていただいたことを思い出しました。
  長崎県支部は2003年9月に設立された若い支部で、当時の会員数は40名ほどだったとか。設立記念大会には楊名時師家と帯津良一先生が招かれ、ほかにも東京から6名の師範や近隣支部からもたくさんの会員が駆けつけたそうです。イベントとして、崇福寺での演舞会のほか審査と講演会も行われ、100名以上もの人々で大変な熱気に包まれたと伺いました。
  今回の訪問では、東京での秋の指導者研修会で新たに師範になられた3人の方に免状をお渡ししました。実は、設立記念大会の際に師家が、「三年後に長崎で師範審査をしましょう」と約束していた方々です。師家が果たせなかった約束に代えて、私が長崎で免状をお渡しできたことに不思議なご縁を感じました。こうして新たな指導者が生まれ、さらに後進の方々を指導することで楊名時太極拳が連綿とつながり、中国とゆかりの深い長崎の地にしっかり根を張っていくことと期待しています。

イメージ  今度の大会では、審査の途中で演舞をやり直すというハプニングもありましたが、そのとき一生懸命やったのであれば、それでいいと私は思います。太極拳の演舞は常に一回限り、二度と同じものはありません。師家はよく、「高い山はいっぺんに登れないけれど、一歩ずつ、つまずいたりしながらでも、目標に向かって登っていけば、必ず頂上に到達できる」と励ましてくれました。たとえ失敗があったとしても、それが初心に帰るきっかけになり、必ず次の演舞につながるものだと考えています。
 今回もう一つ感慨深かったことは、公式ユニフォームである道衣姿がずいぶん増えたことでした。支部長を初め会員皆さんの同心協力の賜物だと思います。同時にまた、設立記念大会で配られた支部オリジナル手ぬぐいの「星火燎原」という言葉を思い出しました。小さな火がやがて野原を焼き尽くす。一人の小さな思いでも、その志が正しく私欲がなければ、やがて多くの人々の共感を得て広がっていくという意味でしょうか。新たに会員になられた方々と新しいご縁ができたこともうれしいことですが、2年ぶりに再会した方々が変わらずにがんばっている姿や、健康を回復して元気になっている姿を拝見できたことは、やはり仲間といっしょに太極拳を続けてきたからこそ感じられる幸せだと改めて思っています。

 支部大会の後、長崎県大村市にお住まいの犬塚一枝師範を訪ね、久しぶりの再会を果たしました。犬塚さんは東京で茶道の先生をされていた方で、今から40年ほど前、テレビ番組で師家の話を耳にし、茶道に通じるものがあると感銘を受けたそうです。それがきっかけで師家に太極拳を習い始め、その後私の教室でも稽古をされるようになり、ずっと家族ぐるみのおつきあいをさせていだたいておりました。
  思い出話の中で、茶道の階位について師家から尋ねられたことがあったと、犬塚さんは語られていました。その頃はまだ楊名時太極拳に階位制がなかった時期で、師家は、「それは励みになりますね」とうなずいていたそうです。
  師家は、物心つく頃に太極拳と出会い、80年の歳月を太極拳とともに歩んできました。そして自分の太極拳が多くの人に受け入れられるものだと分かったとき、なんとか日本に根づくものにしたい、空手道や茶道などのように日本人に愛され、長く続く「道」になることを願っていたのです。
  楊名時太極拳に階位制を取り入れたのも、そうした思いからであろうと考えています。
師家が切り開き、踏み固めてきた長く遥かな「道」。この「道」を私たちひとり一人が、自分の歩幅、自分の歩調で、さらに先へとつないでいくことが師家の志を継ぐことになると思います。
  犬塚さんとの再会は、ご縁の不思議さ大切さをまた思い出させてくれたうれしい出来事でした。
謝謝。

 

 

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