< 第 10 章 >
無心
   
 

 去る7月3日(※2007年)は楊名時師家の三回忌でした。 理事長を団長として私どもの家族や同学の方々が訪中団を組み、師家の故郷である古城村を再び訪れ、りっぱな法要を執り行いました。それに先立つ6月19日には、菩提寺である東慶寺で身内の法要を行いました。

 北鎌倉の深い緑に包まれて父と母の墓前にお参りすると、いつも心の安らぎを覚えます。このお墓は、16,7年も昔に父自身が建てたものです。こだわりの強い父らしく、わざわざ四国から庵治(あじ)石を取り寄せ、墓石としては珍しい丸い形に仕立てました。お参りのたびに「心も体もまあ〜るく」という父の声が聞こえてくるようです。墓碑銘には柔らかく流麗な筆致で「無心」と刻まれています。この書は、6月の総会で講演された東慶寺住職・井上正道老師のご尊父で先代住職であられた井上禅定老師(平成18年没)に揮毫していただいたものです。そのとき、母とともに、「天授院太極無心居士」「正受院大空無逸大姉」と一字ずつ対になった戒名もいただいたのでした。

 師家は、この「無心」という境地について、ちょうど20年前の『太極』第46号の中で次のように書いています。 <「無心」という言葉が好きである。花は無心に咲く。一生懸命咲く。そして無心に散る。悲しまない。私も少し植物に近づいてきたかもしれない。あまり頭にわずらわしいことがあると、体が持たない。こだわらなく、好きな太極拳を信じて、万一の場合でも立ったままの姿でお別れをしたい、と思ったりする。  太極拳も心から動く、無心に動く。そうすると心の動きが、小宇宙である体に伝わる。自分の仲間の健康、幸せを願い、敵もなく、無の世界で体を動かす。心を通して体をなくしていきたいと願っている。>
  師家は私たちに、日々起こるあらゆることをそのまま受け止めて淡々と流していきなさい、こだわりのない心――無心で太極拳を続けなさい、同時に仲間の健康と幸せを願う和の太極拳、心の太極拳を舞いなさい、そう教えてくれたのだと思います。私自身はまだまだ師家のような境地というわけにはいきませんが、師家が太極拳に込めた思いをたいせつにしながら、あせらず、おごらず、皆さんといっしょにこれからも学んでいきたいと考えています。

 そんな父でもあった師家を亡くしてからの2年間は瞬く間に過ぎました。この間本部道場という楊名時太極拳の拠点ができ、新たに地方支部も続々と誕生しています。 父がよく話してくれた『論語』の中に、「父在(いま)せば其の志を観(み)、父没すれば其の行ないを観る。3年、父の道を改むる無きを、孝と謂(い)うべし」という言葉があります。私たちがこの「孝」の道を歩んで来られたのも皆さんの同心協力のたまものだと思っています。
花  この三回忌に際して多くの方々が墓前に花を供えてくださいました。ある方からは、「久しぶりに東京に来て鎌倉の東慶寺まで足を伸ばしましたが、いつ来ても師家の墓前にはお花がきれいに供えられ、多くの方がここで楊先生と対話しているのですね。自分も静かに先生とお話するような気持ちでお墓を訪ねました」というお手紙もいただきました。寂しがりやの父でしたから、皆さんのお心づかいをとても喜んでいることでしょう。
  また中国での法要では、河野太通老師が父と母の戒名を織り交ぜたお経を上げてくださいました。感謝の念に堪えません。きっと父も喜んでいることと思います。 このたび遥か中国まで大変な道のりを師家の故郷まで訪れてくださった方々、日本で師家の墓前に手を合わせてくださった方々、そして心の中で師家を偲んでくださった方々に、紙面を通じてではありますが、改めて心より感謝申し上げます。
謝謝。

 

 

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