< 第 1 章 >
「不怕慢、只怕站」
   
 

早いもので、楊名時師家が他界してもう半年以上が過ぎました。思い起こせば、同じ屋根の下で暮らした50年の間に、父として、また太極拳の師として、たくさんのことを私に残してくれました。そのひとつが、人とのご縁について、「どんな人と出会い、どうつきあっていくかは、あなたの人生を変えるくらい大切なことなのですよ」という教えです。流水不争先

 私は今まで太極拳を続けてきたおかげで、ほんとうに良いご縁をいただいてきたと思っています。ですから、毎年地方支部などで大勢の方とお目にかかるとき、いつもこうお話しています。「私が太極拳をやっていて良かったと思うことのひとつは、多くの方とお会いできるということです。これは私の喜びであり、ご縁があって、太極拳を通じて一緒に歩んでいけることは素晴らしいことです」と。

 太極拳を続けている方の中には、もちろん健康に自信のある方も、病中病後のリハビリのためという方もいらっしゃるだろうし、年代もさまざまです。今回、『太極』に連載という、私には少し荷の重いお役目をいただきましたが、こうした方々との出会いやご縁、師家の教えや意外な素顔などを織り交ぜながら、私が日ごろ考えたり、感じたりしたことを書かせていただこうと思います。

さて、最初のご縁として、愛知県支部の河合タネ師範との出会いをご紹介します。今年(※2006年太極-掲載時)1月15日に支部の指導者研修会にお招きいただいた折、会に先立って米寿の方々が支部表彰を受けられるのを拝見いたしました。その中に河合さんのお姿を発見したとき、「えっ、もう88歳になられたんだ」という驚きと、「まだまだお元気で頑張っていらっしゃるなあ」という喜びとともに、20年ほど前にお会いしたときのことを思い出していました。

 それは、名古屋支部(愛知県支部の前身)におじゃましたときのことです。その夜の懇親会で、河合さんが美空ひばりの「悲しい酒」を情感豊かに歌われたことが強く印象に残っていて、いまだに忘れられません。その後、河合さんは病気で視力を失われたということですが、今も多くのお弟子さんを育てながら太極拳を続けていらっしゃるのです。

 師家がよく言う中国の言葉に「不怕慢、只怕站」(ゆっくりすることはかまわないが、立ち止まってはいけない)というのがあります。日本風に言うなら「継続は力なり」でしょうか。まさに河合さんの生き方がこれを証明していると思いました。もちろん、病気に負けまいとするご本人の努力や強い意志の力が大きいとは思いますが、彼女を暖かく支えられたご家族や周囲のお仲間がいらしたからこそ続けてこられたのだと思います。

 楊名時太極拳がめざす「健康・友好・和平」は、高いところから立派に語られる単なる標語ではありません。今このとき、私たちのとなりにいる仲間を大切に慈しみ、心と力を合わせて太極拳を楽しむ。一見、平凡で当たり前のことですが、これこそ師家が私たちに教え、残してくれたいちばん大切なものだと思っています。それを河合さんと支部のお仲間に見たことで、ますます師家が歩んできた道筋の確かさを感じることができました。このような素晴らしいご縁を、これからもずっと大切にしていきたいと思っております。


 

 

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